強いチームは雰囲気から

VOL.301 / 302

吉田 則光 YOSHIDA Norimitsu

有限会社ダンディライアン 監督 兼 チーフエンジニア
1959年 福島県田村市出身。20代の頃はチューニングショップで働きながら、知り合いのレース活動を手伝いながら経験を積む。30代になってからはレース業界一筋で、2001年よりチームダンディライアンに移籍し現在に至る。

HUMAN TALK Vol.301(エンケイニュース2024年1月号に掲載)

国内最高峰モータースポーツにおけるスーパーフォーミュラ界の雄、「ドコモ チーム ダンディライアンレーシング」。その名門チームで監督兼チーフエンジニアを長年務めるのが吉田則光氏。今回は氏の人生や強いチームを作る秘訣について話を伺った。

強いチームは雰囲気から ---[その1]

 吉田氏は1959年、福島県は田村市生まれ。高校を卒業してからは埼玉県大宮市(当時)にある自動車整備の専門学校で学び、横浜市の自動車ディーラーで働きはじめた。「まあ、ご多分に漏れず車やレースが好きでしたね。1980年代は20代でしたから、日産のサニーやマツダのRX-3なんかに乗ってましたよ。キャブ車からEFIへと変わっていく過渡期でした」。

1991年 ル・マン24時間レースにTWRジャガーとサンテックのコラボで出場(本人右から5人目)

きっかけは手伝いから

 そして知り合いの手伝いで富士スピードウェイに行くようになった頃から、レース業界へと足を突っ込んでいくようになる。「富士はGCシリーズがあって、それの手伝いをすることになったんですよ。その当時はロータリーエンジンを積んだ車両があり、私が働いていたチューニングショップはロータリーが得意だったこともあって、そんな縁から本格的にレースへ行くようになりました。それ以降は山梨県にある駿台自動車工業専門学校(当時)のサンテックというレースチームでF3やF3000、グループCカーを走らせたり、やはり山梨にあった赤池卓さんのTMSというチームで工場長を務め、レースカテゴリーとしてもF3000をはじめとして様々な車を扱ってきました。当時はそういうチームが多かったんです。チーム内も今みたいな分業制が確立していなくて、メカニックからエンジニアまでなんでもやりました。TMSを辞めた後、1999年にはオーストラリアで日本のF3000の中古車両を輸入して走らせていたチームがあり、そこでしばらくお手伝いをしていたこともありました。そして帰国後、山口県にあるING INGさんでF3に携わっていた時に今のダンディライアンから声が掛かって、今に至るわけです」。

ダンディライアンの ダンパーマイスター

 「ダンディライアンレーシング」に移籍してから22年もの間、ひたすらフォーミュラ一筋でやってきた吉田氏。移籍当時と現在とではチーム内での役割はどう変わったのだろうか。「役割はあんまり変わらないですね(笑)。もちろんエンジニアとしての比重が多いのは確かですが」。
 吉田氏はフォーミュラ界隈ではダンパーマイスターとしても名高い一面を持つ。「スーパーフォーミュラのカテゴリーでは自由にできる部分がいくつかあるんです。僕はダンパーに興味があったので、ここ何年かはずっとオリジナルダンパーを製作しています。自分でデザインをして、精密加工業者に部品を発注し、自分でアッセンブリーしてセッティングして車両に装着するまで。そっちの方が好きだからエンジニアの時間よりダンパーにかまけている時間の方が多いかな(笑)」と語る。通常ならダンパーメーカーが行うようなことを自分で賄っているのだ。そのダンパーに対する造詣の深さに舌を巻く。
「スーパーフォーミュラの場合、特殊なダンパーを使っているということもありますね。左右輪のダンパーの他にピッチング関係を制御するサードエレメントという3本目のダンパーがある構成で、1台の車両に6本のダンパーがあるんです。その3番目のダンパーに関しては普通のオイルダンパーの中に機械式のイナーシャダンパーが入っているので、なかなか出来合いのものでは思う通りのものができなかったのでこれはもう自分で作るしか無いなと。ただ、2024年からはレギュレーションでダンパーが統一部品にされてしまうので、楽しみがなくなってしまう。暇になりますな(笑)」

スポーツランドSUGOにて

ワンメイクレースの難しさ

 以前当コーナーに登場された三浦愛氏が立ち上げた「チームM」のチームづくりにも奔走された吉田氏。メカニックをはじめとするスタッフの人選からFCR-VITAの車両製作まで、吉田氏の助力がなければ「チームM」はできなかったと三浦氏も述懐する。「まあ、あれは趣味ですね(笑)。VITAはワンメイクレースなんですけど、ワンメイクって一番難しいんですよ。やることが無いように思えますが、実は本当はやることは一杯ある。ベース車両をはじめ、制限が多いからこそセッティングによる差が全てに渡って現れるし、車はいかようにでも変わってくる、そこが面白いんです。僕らはいつもトップフォーミュラでやっていて、それはそれで面白いんですが、前述のように来年からは統一部品になってしまうので、そうするとダンパーとスプリングが自由なカテゴリーってもうVITAと86のシリーズくらいしか残らない。だから試したくてやっているということも大きいと思います。何より楽しいですしね」。ダンパーの話になると本当に楽しそうに語る吉田氏。次号では強いレースチームを作る秘訣を語っていただく。

HUMAN TALK Vol.302(エンケイニュース2024年2月号に掲載)

強いチームは 雰囲気から---[その2]

 吉田氏と親交の深いレーサーの三浦愛選手曰く「吉田さんはいつも冗談ばっかり言っているんだけど、仕事になると本当に頼りになるし面倒見がいい」と語る。そのあたりの真意はと伺うと「まあ仕事は嫌いだけどレースは好きだからね(笑)」と笑う。

2023 SUPER FORMULA
DOCOMO TEAM DANDELION RACING 6号車 (Dr. 太田 格之進)

ドライバーの感覚と言語化

 そんな吉田氏が監督兼チーフエンジニアを務める「ドコモ チーム ダンディライアンレーシング」のスーパーフォーミュラ2023シーズンは最終戦で太田格之進選手が優勝するなど総合3位で幕を閉じた。「いつもその辺りの順位より上にはいたいなと思っています。ただ結果はやはりドライバーによる部分も大いにあるのでね、チーム、車、ドライバーと揃ってくれば自ずと結果は付いてくる。山本尚貴と福住仁嶺がいた2019年はチームチャンピオンを取りましたしね」。
 数々の名ドライバーとやり取りを重ねてきたからこそわかるマシン作りのノウハウはあるのだろうか。「ドライバーを理解するのは難しいですよね。僕はドライバー経験者ではないので、ドライバーの本質的な心理というのはなかなかわかりづらい。だから僕はドライバーは違う生き物だと思って接しています」。一流ドライバーは自分の感覚を言語化するのが上手いと言われているがその点どうなのだろうか。「いや、ドライバーの言っていることは大体何言っているかわからないですからね(笑)。ただ、何言っているかわからない言葉の中にもヒントはいくつかあると思うので、そのヒントを探っていくんです。例えば同じ現象が起きたとしてもドライバーが違えば言葉も変わるわけです。だからシーズンの頭にちゃんとテストを重ねて、ドライバーの感覚と言葉を擦り合わせることが大切。『このドライバーはこの値をこのくらい変更するとこのくらいの言葉で返ってくる』そういう一つひとつの反応を見て確認していくんです。ドライバーによってこういう数字には感度があるけど、この数字には感度が無いなっていうのをエンジニア側が把握していないとレースは短いのでね。時間が無い中でお互いを理解していくプロセスがテスト期間、だからテスト期間は重要なんですよ」。

強いチーム作りの秘訣とは

 監督として若手ドライバーやメカニックの育成も頭を悩ませるところ。「うちのチームだけじゃなくどこでも後進の育成というのは皆さん課題だと思います。昭和の時代の僕らがだんだん年配になってきて、時代も平成から令和に変わり、2000年代生まれの人も現場に入るようになってくると働き方も含めてもう感覚が全然違うわけです。とはいえレースの世界は鉄火場ですから、切羽詰まったこの世界の中でどうやって後進を育てていくかという難しさはありますよね。うちの若い子たちを見ていても自分の得意な部分は伸ばせるけど、不得意な部分はなかなか難しいと。そこで型にはめるようなことはせずに好きなところ、いいところは伸ばしてあげて、そのいいところでなるべく仕事をしてもらえばいいと思います。メカが得意な人もいればエンジニアリング側が得意な人もいる。得意な方面の仕事にどんどん携わることによってその人の長所を伸ばせればいいのではないでしょうか。今は昔のように『もう何でもいいからとにかくやれ』ってやり方だと難しくて、なぜこうするのか理由もちゃんと含めて伝える必要があります。言葉にして伝える大切さですね。それからなるべく楽しい雰囲気、いい雰囲気を作ること。いいコミュニケーションがいい仕事を生み、いいチームを作ると思っています。レースの世界なのでもちろん緊張感はあります。しかしずっとピリピリしているのではなく、いい雰囲気と円滑なコミュニケーションが自然と発生するようなチームが結果としてはチームとしての総合力を上げていくと考えています。トラブルが起きる時って本当は誰かがほんの少しの異変に気付いていたりするんです。その些細な変化に誰かが気付いた時に、他の誰かに言えるような空気になっていることが大切。それをスルーしたお陰で大きなトラブルになるということは往々にしてある、だから上下関係に関わらず遠慮なく言える雰囲気というのが肝要で、これはトラブルの話だけではなく車を速くするという面でも同様だと思うんです」。強いチームはいい雰囲気づくりからと語る吉田氏でした。

太田格之進選手と

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